『段々畑』
ある山間の村に段々畑がありました。
段々畑の一番上には泉が湧く池がありました。村人はそこから水路を引き、最上段の畑から一番下の畑まで水路でつなぎ、人々はそれぞれの畑で作物を作って生活していました。
ある時から、泉から湧く水が少なくなって池の水位が下がって来ました。村人たちは困り果て、なんとか出来ないものかと語り合いました。
「上の畑集んとこには水がたまってるじゃないか。それを下に流してもらえんか?」
下畑集が提案すると上畑集が言いました。
「泉の水もいつ止まるか分からんからなぁ…」
「そうは言ってもこのままじゃ下畑は枯れてしまうんじゃ。なんとかしてくれんと困る」
と下畑集が訴えると、
「まあ、当面はわしらの作物を分けるから、下畑集はそれでなんとか食いつないでくれんか?」
上畑集の提案に、下畑集はしぶしぶながらも納得しました。
そのやり取りを聞いていた中畑集は渋い顔で口をはさみました。
「わしらんとこも水が足りん。とにかく上から流してもらわんと十分な作物が作れん!」
しかし上畑集はこう答えました。
「中畑集よぉ。そうは言うてもわしらも以前と比べてだいぶ収穫も減ってるんじゃ。それでもおぬしらんとこにもチョロチョロ流してやっとるんじゃから、一緒に痛みを分かち合ってもらわんとなぁ」
「上畑集よぉ!あんたらんとこは蓄え出来るだけのもん作れとるじゃないか?わしらんとこはこれまで蓄えてたもんまで食いつぶしながらの日々なんじゃ。とにかく、もうちいと水路を開けて流してもらえんかのぉ?」
そこで村長が提案しました。
「まあまあ、とにかく上畑集んとこもいつ水が止まるか気が気じゃないんじゃ。中畑集もその気持ちは分かってやらんといかんじゃろ?」
その言葉に上畑集と下畑集が「ウンウン」とうなずいた。上下畑集の合わせ数が多数と見た中畑集はしぶしぶ黙るしかありませんでした。
「でも実際、どうにかせんといかんじゃろ?ところでわしに策がある聞いてくれるか?」
村長の提案はこのようなものでした。
泉の湧く量が少ないから池の水位も下がり上畑からの流れも減ってる。まず、足りない水を他の村から借りて来て池に溜め上畑に十分な水を行きわたらせる。上畑集はそれで安心して水路をもっと開く事が出来る。そうすれば中畑にももっと水が流れ、やがて下畑まで水が行きわたって村全体の作物の収穫量が増える。その作物を借りた水の代物として他の村に返せば良い、というものです。
「そうすりゃその内、泉の水もまた生き返って流れ出してくるだろうと思うんじゃが、どうじゃ?雨も増えりゃ池にも水を溜められるし、そうすりゃもう水は借りて来んでも済むようになる」
この提案に真っ先に反対したのは中畑集でした。
「村長、そりゃおかしいべ?借りてきた水をなして上畑から流す道理がある?わしらんとこと下畑に直接流せばそれで良いべ?それに、借りてきたもんを返すったって、この先何年、どんだけ収穫量があるのか分かんねえべよ。勝手に約束されて村に借財増やしたら、先も見えねえのに誰が責任もつだよ?」
村長はちょっとムッとした顔をしてこう言いいました。
「とにかく。今はそうするのが一番ええんじゃ!水が流れる、作物作れる、収穫出来る、そうすりゃ借財返して蓄えも出来る。何が不満じゃ!段々畑なんじゃから上から流すのが当然じゃろ?それに、上畑の収穫があるから他の村も信用して水貸ししてくれるんじゃからな。この村は信用されとるんだ!」
「いや、でも…」
「ええい!決をとるぞ!わしの提案に賛成するのは何人じゃ?村の決まり通り多数決で決定するぞ!」
村長の一喝で賛否を数えると、上畑集と下畑集、それに、上畑集の水路に近い中畑集が村長案に賛成した。反対していた中畑集もこうなるとなんの力もない。村長達の強行を、ただ憮然と見守るしかなかった。
村長は近くの村と約束を交わし、たくさんの水を借りて来て池に溜めました。とにかく、全ての畑が満々と水を湛えていた昔のようにするために、あの頃をとり戻そうと、いつしか村の畑の全収穫量の何倍もの返済をしなければならない位の量の水を借りつけました。
上畑集はそれでも「いつ水が無くなるかわかんねぇから、無駄に下には流せねえ」「とにかく、わしらの畑いっぱいに水を行きわたらせて、水不足になっても大丈夫なくらいの蓄えが出来たら、余裕のある分だけ下に流せばいいべ」と話し合い、それでも、村長の機嫌を損ねないようにほんの少しだけ下に流す水を増やしました。
下畑集はもう枯れた畑では何も作れません。上畑集から分けてもらう作物で食いつなぐだけの日々を過ごしました。中畑集の中にも、上畑に近いグループは何とか少々の作物が作れるようになった畑もありましたが下畑に近い畑は相変わらず僅かな収穫しか出来ず、とうとう蓄えを全て食い尽くして身売りをする者や、死んでしまう者まで出てきました。
この窮状をなんとかして欲しいと何度も村長達に訴えましたが「上畑には確実に水が流れてる。もうじき下畑まで水は行き渡るようになるから辛抱せい!」と聞く耳をもちません。
やがて、他の村から借りてきた水の返済の日々が始まりました。多くの蓄えまでもってる上畑集も、自分達が食べるにギリギリの収穫量さえ作れなかった中畑集も、全く作れなかった下畑集も、村人全員、同じだけの割り合いで返済作物を出す事が村会議で決まりました。
「おかしいでないか!わしらに死ね言うんですか!食うに食えんでは弱り果てて畑作りも出来ん!」
と中畑集は訴えましたが、
「村全体の決定で借りてきた水じゃろ?返すんも村全体の責任じゃ!」
という村長達のひと言で決まってしまったのです。
上畑から十分な水も流れてこない中、作っても作っても自分達の口に入るのは僅かな量でほとんどを返済に出さなくてはならない畑作りにつかれた中畑集、とくに、下畑に近い者たちは次々に倒れ、あるいは別の村に逃げて行きました。
上畑集の蓄えでも返しきれない借財は村を苦しめ、下畑集への配給も無くなりました。上畑集の中の何人かはこれまで蓄えたものをもって、とっとと別の村に逃げ込んで新しい畑を買いましたが、残っていた村人たちはとうとう返済の遅れを生じさせ、隣村から全ての蓄えを取り上げられてしました。
村長達と上畑集を特別に大事にしてきたこの村は、ついに滅んでしまいましたとさ…
『最後の審判』
その時、彼は神の御国の門をくぐった。
全ての歴史が、まるで開かれた巻物が巻き閉じられて神の御手の中に収められたかのように、まるで、子ども達に読み聞かせていた絵本が読み終えられ書棚に戻されるように、全ての歴史はその物語を終えた。
彼の心は期待と喜びに満ちていた。御国の門で鍵を持って立っている人物、きっとあれこそがペテロに違いない!ニコニコ微笑みながら多くの人々と語り合っているのはパウロだろう。時代を越え、地域を越え、今、まさに全ての<神の子ら>は帰るべき家に帰り着いたのだ!
彼はさらに辺りを見回した。地上の旅路では出会う事の無かった多くの人々がいる。共に人生を歩んできた人々もいる。テレビや映画、インターネットの情報で出会った「有名人」もいる。さあ、これから始まる永遠の世界、神の完全なる御支配の中で,この多くの兄弟姉妹と共に住まうのだ!彼の心は期待と喜びに満ちていた。
しばらく歩くと、彼は驚くべき光景を目にした。あそこに座しておられるのは間違いなくイエスさまだ。そして、イエスさまと語り合っているのは…。彼が見たのはイエスと親しげに語り合っている1人の男であった。聖書も福音も理解していない、神の真理を何も受け入れようとしなかったあの男がなぜここでイエスさまと語っているんだ?それに、そばで座って会話を聞いているあの女!あれこそキリスト教会の秩序を乱し、俗世の汚れに導いた悪魔の手先ではないか!それに周りにいる連中は教会の伝統を壊そうとした奴らに、それに、私たちが教え続けたのに愛の実践を行わなかった奴らもいる!どういうことだ?
彼はいかにも和気あいあいと出会いと交わりを喜んでいるその輪に向かって、怒りと動揺に身を震わせながら近づいた。イエスを取り囲んでいた彼らも彼の様子に驚き、黙って1歩退いた。イエスは立ち上がり、近づく彼に向って喜びいっぱいに両手を広げた。
彼はイエスの前に立った。イエスは彼に向って優しく語りかけた。
「お帰り、我が子よ。走るべき道のりを走り通した勇敢な戦士、善かつ忠なるしもべよ。さあ、ゆっくりお休み。そして、共にこの交わりを喜び分かち合おう。」
しかし彼はイエスの言葉をさえぎるように語り出した。
「はい、私はあなたの命令を守り通し、成すべき正義を成し、世の旅路をしっかりと走り通してここに参りました。そこでお聞きしたい。ここにいるこの連中をあなたはどんな連中か分かっておられないようだ。」
彼は思いの限り、その場に居る、彼が嫌悪して来た<悪人達>の悪行の説明を始めた。
「これでもあなたは彼らをここにおらせるつもりですか?」
彼は挑むような目つきでイエスに詰め寄った。イエスは悲しそうな目で彼をみつめた。
「我が子よ、わたしはあなた以上に、そして、彼ら以上に彼らの事を知っている。彼らがあなたと何ら変わらず、わたしを愛し、わたしを求め、わたしに従って歩んできた事を。だから彼らもここに帰ってきたのだ。」
「あなたは間違っている!」
彼は吐きすてるようにイエスに向かってそう言うと、背を向けて歩いてきた道を戻っていった。途中ですれ違う多くの人々の波を掻き分けて御国の門から出、永遠の闇に向かい駆け出していった…。
『まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、はいることはできません』マルコ10: 15
ἀμὴν λέγω ὑμῖν, ὃς ἂν μὴ δέξηται τὴν βασιλείαν τοῦ θεοῦ ὡς παιδίον, οὐ μὴεἰσέλθῃ εἰς αὐτήν.